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中田暖人の自己紹介

島活:アイキャッチ画像

初めまして!

『島活』を運営している中田暖人(ハルト)と申します。

簡単に自己紹介という事で、僕の経歴や今後のビジョンについてお話していきますね!

経歴

細かい部分まで話すと、ひじょーーに長くなってしまうので、簡略的に紹介します笑。

『どうしても気になる!』

という方は、気軽に連絡ください笑。

嫌になるくらい語りましょう!

  • 16歳で家を出る
  • 中卒労働者として様々な職を経験
  • リゾートバイトに出会い日本全国旅
  • 沖縄に出会い移住
  • 大手ITベンチャーに転職
  • 与論島で頑張る人に出会い、勢いで移住

ざっと、こんな感じです。

よく分からない人生を送ってるので、自分でも何て説明したら良いかが分かりません笑。

16歳で家を出る

僕は、青森県のむつ市という、ガチの田舎出身です。

包み隠さず語りますが、僕の父親は女運がめちゃくちゃ悪くて、離婚再婚を繰り返していました。

僕自身も、色々な施設に入ることがあったりと、なかなか経験できない環境で育ちました。

この辺りは、こちらの記事をご覧下さい。

【過去】アスペルガー症候群と診断され、更生施設で過ごした子供時代のおはなし。

そんな中、最後に再婚した相手との相性が悪く、僕自身も子供だった事もあり、高校2年に上がる前に耐えきれず家を出ました。

中卒労働者として様々な職を経験

家を出て、すぐに宮城県仙台市に向かいます。

青森県には仕事がなかったからですね‥笑。

職場は決まっていましたが、携帯もなければ、電車の乗り方も分からない。

ハローワークで貰った、地図のコピーを頼りに予定より半日以上遅れて職場に到着しました笑。

中卒が行き着いたのは社会の最底辺

その、初めて働く事になる場所は、寮付きの建設系派遣でした。

言い方は悪いですが、大きな失敗をしたり、様々な傷を抱えた、おっちゃん達が集まるような場所です。

周りの話題は、もっぱら『女、酒、ギャンブル』しか聞こえて来ません笑。

そこから会社を変えて、正社員でしっかりした建設や建築を学び、最終的に大阪で現場監督をさせて貰えるようになりました。

とはいえ、自分で土方もするような見習いでしたが…笑。

代わり映えしない環境、ブラックな勤務形態に嫌気をさし、担当した現場を終えて、そのまま辞めました。

ダブルワークで介護の世界に飛び込む

たまたま、当時住んでた家の近くに、カラオケと障害者のデイサービスがあり、とにかく何かしてみたかった僕は、ダブルワークをしてみました笑。

カラオケの方は、元々ヘビーに通ってたという事もあり、その流れと勢いだったという裏話もありますが‥。
その辺りは、時間のある時にお話しますね笑。

デイサービスが‥。

8時〜17時

カラオケが‥。

20時〜6時

という感じで、ほぼ1日働くという生活を約3ヵ月続けました。

今考えると、中々ハードですね笑。

デイサービスの方が、順調に進みだし、働きだして1ヵ月ほどで、サブリーダーに近い役職に就くことができました。

仕事量や責任が大きくなってきたので、『ダブルワークのままではマズイ‥』と思いカラオケを辞めて、介護職に専念します。

介護関連の様々な資格を取得し、管理者を任されるようになるまでに成長。

ですが、やはり福祉職特有の人間関係に悩み、自分なりに頑張りましたが、鬱に近い状態に‥。

業務自体もセルフサービス残業をしなければ間に合わない量で、毎日22時近くまで会社にいました。

心身共に疲れ、退職を決意。

リゾートバイトに出会う

島活:中田暖人の画像

本当に疲れきったので‥。

『もう、どっか知らない土地に行きたいな』

と思い、住み込みの仕事を探している時に、リゾートバイトに出会いました。

リゾートバイトに出会ってからは、文字通り世界が変わった気がします。

  • 僕以上に辛い経験をしてる人
  • 家出した若い子
  • 夢を語る熱い人
  • 海外旅の資金集めをする人

鬱になりかけ、全てを諦めていた自分に、人生捨てたもんじゃないと、色々な人から教えて貰えました。

『あぁ、世界ってこんな広いんだ…』

『生き方は本当に自由なんだな‥』

と、心の底から理解しました。

僕の常識のすべてを、盛大にぶっ壊してくれましたね笑。

初めてお世話になったホテルでは、ホテル業の基本をしっかりと叩きこまれ、どのホテルでも即戦力で動けるようになります。

『お客様のカバンを奪ってでも持て!』

支配人の言葉です笑。

行き過ぎかもですが、ホテル業の本質なんじゃないかと今でも思っています。

沖縄に出会い移住

リゾートバイトで旅をしてる時に、ある転機が訪れました。

これが、僕の大きなターニングポイントです。

たまたま、仲良くなった方が沖縄のリゾートバイト経験者で、沖縄の魅力を毎日のように聞き、だんだんと沖縄に興味を持つようになります。

ちょうど期間満了が近かく、リゾートバイトを続けるか自衛隊に入るか迷っていた僕は、思い切って沖縄に行く事にします。

その人が言う‥。

『このホテルの、この部署がおすすめ!』

を信じ、求人が見つかるまで数ヶ月粘って、なんとかリゾートバイト先を決めました。

正直に話すと、僕は沖縄に興味は一切ありませんでした。

『海が綺麗?どこも同じでしょ‥』

青森県の海だって綺麗ですからね笑

旅行に行く人の気持ちも分かりませんでした。

ただ、リゾートバイトで出会った人の言葉を信じただけだったんですよね。

ですが、沖縄に着くと、海の桁違いな綺麗さに驚きました笑。

沖縄を知らない人からすると、あの海は反則的です。

そして、話に聞いていた通り、人間関係がめちゃくちゃ濃密でした。

家を出て、ずっと友達といえる存在がいなかった僕に、初めて友達ができましたね。

忙しいながらも、毎日遊び、最高の沖縄生活を満喫。

一年ほど経ち、次の世界を見ようと思い、沖縄を出て、長野県の山に行きました。

沖縄から離れると、友達もいなく、本土の人間関係では物足りなく感じ、海がないことがひたすら寂しく感じるようになります。

我慢できず、長野の期間が終わって、すぐに沖縄移住をする前提で沖縄に戻りました。

大手ITベンチャーに転職

移住をするつもりだったので、リゾートバイトをしながらも沖縄で転職活動をしていました。

僕は、リゾートバイト中にWeb制作やWebマーケティングを独学で学んでおり、更に極めるためにWeb制作会社へ転職するつもりでした。

低学歴で未経験ということもあり、様々な会社で採用されず、悩みましたが、ポートフォリオを見直したり、スキルを磨き続け、なんとか転職先が決まります。

嬉しいことに、日本でも大手のベンチャー企業のグループ会社へ入ることができました。

リサーチとマーケティングを学びつつ、個人でも発信したり、動画編集やデザインを学びました。

与論島で頑張る人に出会い、勢いで移住

ベンチャーで働きながら、自分なりの生き方を探していた、そんなある時Twitterで『与論島に住むおじいのお手伝いをしませんか?』

という、ツイートを見かけます。

元々、年末年始にボランティアをしようと考えていたことに踏まえ、離島の中でも1番好きな与論島という最高の条件。

すぐに応募しました。

これが、『島活』の原型ですね笑。

一応、僕が記念すべき一期生と呼べるかもです?

紹介して頂いた、与論島のおじいが、本当に熱い方で‥。

『何かの形で関われないかな?』

そう思わされました。

『お金を払ってでも人に来て欲しい』

それを聞いて‥。

『じゃあ、僕が集客と発信をしよう!』

と決意。

元々、牛小屋だった場所を改造して住んでもいいと言って頂き、2019年の年末年始に計画がスタートしました。

島活:家作りの様子

YouTubeで家作りの様子を上げてるので、良かったら見てください!

2020年の2月に家づくりが完成し、ベンチャーを辞めて移住。

ここまでが、僕の簡単な経歴です。

興味があれば、もう少しお付き合いください笑。

今後のビジョン

『島活』『自社』の2つに焦点を当てて、活動していくつもりです。

島活!

おじいの夢を実現させるために、僕は島活を通して人を集めていきたいと思っています。

そのために、YouTubeや島活公式サイトを使って、幅広い人々に認知してもらい、島活生を拡大していくつもりです。
とはいっても、それだと島活生を置き去りにしてしまうので、島活生にとっても、有意義で学べる環境を作り上げていきます!

無農薬マンゴーを復活!

まだ、おじいには話していませんが、人手が足りなくて手付かずになった『無農薬マンゴー』を復活させようと、勝手に計画を立ててます笑。

人がいなくて、価値のあるものが埋もれていく‥。

そんな悲しい事、僕の努力でなんとか出来るなら、見える範囲だけでも無くしていきたいです!

島活生と島の交流を増やす!

様々な離島を旅してきましたが、与論島の人間関係の暖かさは特殊だと感じてます。
こんなに移住者を歓迎してくれる地域は珍しいです。

そんな与論島だからこそ、県外から来る島活生と島民の交流を増やしていければと考えています。
島活生が心から『もう一度来たい』と思えるようなプログラムを作りたいです!

いえ、作ってみせます!

自社の活動!

与論島に限らず、離島ではWebに対する意識がかなり低いのではないかと感じています。

先日、東京でお話をさせて頂く機会があり、その時に‥。

『与論島を知ってる方は、どのくらいいますか?』

と質問したところ、20名以上の会場で手を挙げてくれた方は、5人にも満たなかったです。

このように一歩島から出ると、『与論島』という存在自体を知らない人の方が多いのが現実でした。

ここまで綺麗で人の温かい与論島が、世の中に知られていないのは、非常にもったいないです。
もっと認知度が上がれば、島民の生活面も向上し、結果的におじいのような、夢を持つ人の助けになるのではないかと考えてます。

そこで、まずは与論島の集客に特化するため、Web制作会社を設立しました。
Webに弱い与論島を、Web集客最強の島にしていきたいと勝手に思っています笑。

最後に

という事で、中田暖人の自己紹介を含めて、今後のビジョンをお話させていただきました!

まだまだ、伝えたいことがあるので、今後の記事で語っていきますね‥笑。

  • この記事を書いた人

中田 暖人

島活を運営しています。 青森県出身、現在は与論島在住。 『誰かにとっての何かでありたい』 を座右の銘として、日々もがいています‥笑。

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